西地中海クルーズ☆ Part 10

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毎年約250万人の観光客が訪れるポンペイ☆
1997年に世界遺産に登録されています。
しかし、ずさんな管理で建物の崩壊が多発し
今年1月に視察したユネスコから緊急に保護対策が必要と指導をうけました。
今後2年間に実質的な改善が見られないなら
危機遺産指定は避けられないだろうと言われています。
危機遺産に指定されれば世界遺産登録抹消になりかねないだけに
イタリア政府は大規模な修復プロジェクトをはじめました。
そのため、現在は立ち入り禁止箇所や非公開の施設がたくさんあります。
2015年までには修復が完了し全エリアが観光客に公開される予定の
ようですが、間に合うのでしょうかね~

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市場があったところは現在、修復を待つ出土品が
たくさん置かれています。
当時、ぶどうの産地だったポンペイはワインの醸造が
盛んに行われていました。
ワインを運ぶための壺が多数出土されていることからも
そのことを伺い知ることができます。

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苦悶に満ちた姿の石膏像。
発掘作業の際、無数の遺体が火山灰の中から見つかりました。
しかし長い時間経過の中で遺体は、腐敗分解してなくなっていたのですが
まるで鋳型のようにその形が空洞となっていたのです。
そこで慎重に穴を開け、空洞の内部をきれいにした後
石膏を流し込み3日ほどして固まったものを取り出したものがこの像です。
犠牲になった人々の姿勢、死を迎えた瞬間の苦悶の表情だけでなく
生前の職業から、年令性別、着ていた服、髪型、健康状態までわかるほど。
また近年の研究で、これまでポンペイ市民の多くは窒息死したと
されていましたが、実際は超高温の火砕流に襲われたため
窒息する時間はなく高熱によって瞬時に焼死したことがわかったそうです。

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ポンペイの街には水道と下水道が完備されていました。
お金持ちの家は自宅の中にも水道を引き込んでいたたようです。
写真は鉛でできた水道管。
ポンペイが繁栄していたとき、日本は弥生時代。
もうすでにこんな技術があったなんて驚きですね☆

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“ポンペイの一日の始まりはパン屋の開店とともに始まる”
・・・と言われるほど人々の生活にパンは欠かせないものでした。
当時、ポンペイの町に30軒ほどのパン屋があったそうです。
こちらはパン屋の窯。
当時のパンは丸いドーナツ状でかつ8つの分け目が入った形をしていました。
実際に炭素化したこの形のパンが窯の中から
見つかったそうですよ~

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こちらは小麦を挽く石臼
当時のパン屋は製粉場も兼ねていました。
上から小麦を投入し、下から粉が出てくる仕組みで
真ん中の穴には臼を回すための木製の棒がはめこまれ
牛などの動物もしくは人力で回していたようです。

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『ここは当時のマクドナルドです♪』・・・とガイドさん(笑)
軽食や飲み物などを出していたお店の跡で
大理石のモザイクタイルで作られたカウンターには壺が組み込まれ
お水やワイン、ハチミツなどが並べられており
スピーディーに食べ物や飲み物をお客様に提供出来るよう
工夫をしていたようです。
ポンペイの町中にこういうお店が100軒以上も!
人間、食べて飲むのが好きなのは
今も昔も変わらないんですね~
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by fleurclasse | 2013-10-13 22:46 | ベルギーでの生活 | Comments(0)

ベルギー・ブリュッセルでの駐在生活日記☆


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