西地中海クルーズ☆ Part 11

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道路におかれた4つの石。
何だとおもいますか?
コレが有名なポンペイの横断歩道なんです。
道路は馬車が通るためのもので
石と石の間は馬車が通れるよう幅が決められていて
馬車が通るのに支障がないようにしてあります。
馬車のスピードを抑さえる目的もあったようです。
また道の両脇にある歩道は、道より一段高くなっていて
歩道の高さのまま道を渡れるようになっています。
道路が低くなっているのは下水の役割も兼ねており
大雨が降ったとき、足が水につからずに渡れるようにという
配慮もされていました。

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歩行者は写真のようにこの飛び石を渡って反対側に渡っていました。
石の間に残っている細い溝は馬車の轍。
頻繁に馬車が通っていたんでしょうね。
くっきり残っています。

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悲劇詩人の家(CASA DEL POETA TRAGICO)☆
当時の中流階級の家なのですが、人気スポットとなっています。
理由は玄関先にあるこのモザイク画。
描かれた犬の下には“CAVE CANEM”の文字が・・・
訳すると“猛犬注意”
これと同じようなモザイク画は、当時のポンペイで流行っていたようで
色んなところで見られたようです。
今も日本の玄関先に猛犬注意のプラ製のプレートが
貼られてますが、こっちのほうが断然オシャレですね♪

ちなみに、この家の悲劇詩人の家という名前は
ギリシア悲劇の稽古場面を描いたモザイクが見つかったことから
名付けられたそうですが、モザイク画の保護のため
玄関先から入ることが出来なかったので見れませんでした・・・

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ポンペイは“快楽の街”とも呼ばれています。
なぜそういわれているのかというと
25軒もの娼館が見つかっているから・・・
娼婦たちは娼館の高窓から顔を出し
男性たちを呼び止めていたといいます。
呼ばれた男性の馬車が急ブレーキをかけるものだから
娼館の前の道路にはその跡が今もくっきりと残っているんだって(苦笑)
中には石のベッドの個室がいっぱいあって壁には
日本でいう江戸時代の春画のようなフレスコ画があります。
この画はいわゆるメニュー表にあたるものらしい・・・
港町でもあったポンペイにはローマ人だけでなく
ギリシャといった他国の人がたくさん訪れました。
そこで言葉が通じない外国人客でも意志が通じるように
こういう画を掲げてあるんだそう。

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ポンペイの街には男性のシンボルのモチーフがそこかしこにあります。
“シンボルの先を示す所に娼館がありますよ”という意味があって
外国の人にも娼館の位置ががわかるように・・・ということみたい。
そして建物に掲げられたモチーフは
ここが娼館ですよ~という看板なんだって。
ちなみ道路に刻まれたこのモチーフを
足で踏むと良い事があるそうですよ(笑)
男性の欲望というものは、古今東西変わらないんですね~(苦笑)

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円形闘技場や秘儀館などといった見所が
見れなかったのは残念ですが
それは次の機会のお楽しみにとっておくことにして
次はソレントに向かいます。
この日のガイドさんはイタリア語、英語、フランス語を操るトリリンガル☆
英語&フランス語のグループだったので
なまじ、少しフランス語を勉強しているばっかりに
両方の言葉が耳に入ってきて、脳ミソがめっちゃ疲れました・・・
耳に入ってくるだけで、理解できているわけではないのが
ツライところです・・・
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by fleurclasse | 2013-10-14 22:53 | ベルギーでの生活 | Comments(0)

ベルギー・ブリュッセルでの駐在生活日記☆


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